私は自分でも、結構イライラしやすいタチだと思っています。
声を荒らげて怒鳴ることはありませんが、ネチネチと文句を言ってしまうタイプ。
でも、イライラしたり怒ったりするのって、冷静になった時、自己嫌悪に陥ったりして後味悪いもんです。
何とかこの性質を改めたいと反省しているんですが……。
巷には「アンガーマネジメント」なる啓発本も出版されていますが、捻くれている私は、「何でこっちが我慢しなきゃならんの?」と素直にその本を読むことができません。
そこで、何かにイラっとした時、「そもそも、自分は今、いったい何で怒ってるのか?何にイラついてるのか?」を分析してみることにしました。
以下、心理学や脳科学を勉強したこともない一素人の考察です。

自分の思い通りにならない怒り
まず、イライラする時の状況として一番多いのは「自分の思い通りにならない」という場合。
もうほとんどの原因が”これ”です。
  • 狭い道で、前のやつがスマホ見ながらノロノロ歩いている。
  • 早く家に帰りたいのに、電車が遅延した。
  • 頼んでいた資料の出来がイマイチだった。
  • 従業員のサービスが悪い。
などなど。
「(自分は)こうしたいのに」「(相手に)こうして欲しいのに」という手前勝手な理想が実現できないことへのイラつき・怒り
小さい子供や赤ちゃんがいる家庭では、お子さんに対するイライラって(泣き止まないとか)、もうほとんど”これ”じゃないでしょうか。
そして、この「自分の思い通りにならなくて怒る」というのは、小さな子供にも見られる行動です。
「おもちゃ買って!」と駄々をこねたり、「抱っこして!」とむずかったりするのは、思い通りにならないことに対する抗議と同じです。
そう考えると、怒っている自分というのは、子供のようにワガママなだけなんじゃないかと、少し恥ずかしくなってきます

個人的なことに対する怒り(私憤)
次に多いのは「私憤」のような個人的な事に対する怒り。
一番分かりやすいのは、自分への身体的、精神的な攻撃に対するものです。
  • 叩かれた、蹴られた。
  • 罵声を浴びせられた。
のような場合です(相手が自分より強そうな時は、怒りより恐怖が勝ってしまうこともあるでしょうが)。
ニュースなどでもよく聞く「注意されて逆ギレした」なんかは、自分の方が悪いのに、「注意された」ということにプライドを傷つけられて反撃してしまう行動なんだと思います。
また、故意ではなく、
  • すれ違いざまに肩がぶつかった。
  • 年下からタメ口をきかれた。
みたいな時にも、これを「攻撃」と感じ、腹が立つこともあるかと思います。
そして、こういったことは、自分自身だけでなく、自分の大切な人・モノ・考えなどに対しても、同様の怒りを覚えます。
  • 子どもが虐められた。
  • 応援しているスポーツ選手やタレントを侮辱された。
  • 大事にしていた洋服を汚された。
  • お前の考えは間違っていると言われた。
などなど。他にも、
  • 自分の方が仕事をしてるのに給料が安い。
  • あいつの方がいつもチヤホヤされている。
のような「不公平感」に怒りを覚えることも多いと思います。
時には、人から攻撃されるのではなく、「暑い」とか「ジメジメして気持ち悪い」といった「不快感」に対してもイライラすることがあります。
「攻撃」や「不快感」に対して反応するのは、動物にも見られる非常にプリミティブな行動で、そういう意味では、「私憤」は生存本能的な要素も多分に含んでいるのかもしれません。
そして、多くの場合は、前述した「自分の思い通りにならない」ともかぶるんじゃないでしょうか。

正義の怒り(公憤)
「私憤」の対となる言葉に「公憤」があります。
  • 弱いものいじめが許せない。
  • 違法行為を見逃せない。
  • 政治家の汚職を糾弾する。
みたいな「正義の怒り」です。
最後の例は、「あいつらばかりいい思いしやがって」のような「私憤」も多く混じっているでしょう。
話はズレますが、個人的には、純粋に公憤を抱くことが多い人こそ、政治家やジャーナリストになって欲しいと願っています。
私なんぞは、ニュースを見て公憤を覚えることはあっても、身の回りでは、なかなかそんな場面に遭遇することはありません。

結局、自分が怒っているのは小さなこと
とすると、普段、私が怒ったりイライラするのって「自分の思い通りにならないこと」か「私憤」だけということになります。
つまり、せいぜい半径1mくらいのことで起きるほんの些細なことばかり
最近では、こんなふうに「いったい自分は何に怒っているのか」と分析しているうちに、怒りよりも自分の小ささ・滑稽さに呆れ、笑えるようになりました。

【教訓】
怒気起らば……原因分析